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仙台高等裁判所 平成元年(ネ)431号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金七〇四八万〇五六四円及び内金四〇二三万七六一八円に対する昭和五七年九月三日以降、内金一七六万五八一四円に対する同年九月二〇日以降、内金二八四七万七一三二円に対する昭和五八年三月三一日以降各完済までの年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その二を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

理由

一  成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし六、第三四号証、その方式及び趣旨により韓国公証人作成の真正な公文書と推定しうる甲第一三六号証の二により成立の真正が認められる同号証の一に弁論の全趣旨を総合すれば、請求の原因一1の事実を認めることができる。

同一2の事実は当事者間に争いがない。

しかして、千鳥丸が昭和五七年八月三一日気仙沼港を出港し、東経一七〇度以東の北太平洋上のイカ流し網漁場へ向かい、真針路六五度、毎時約九ノットの速度で航行中の同年九月三日、北緯四二度五五分、東経一五五度五六分の地点で、船首方向に所在した韓宝号と衝突し、同船の右舷中央部に破孔浸水を生じさせたこと、韓宝号が沈没したことは、当事者間に争いがなく、前項の認定に供した各証拠に成立に争いのない甲第一八、第一九、第五一号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、右衝突の時刻は午後零時四五分ころであり、韓宝号は右衝突後漂泊していたが、遅くとも同年同月七日頃までに右衝突による浸水が原因となつて、衝突地点付近で沈没したものであることが認められる。

二  本件は、控訴人が右事故は千鳥丸側の不法行為であると主張してこれにより韓宝号に生じた損害の賠償を求める事案である。そこで、本件に適用すべき準拠法を探究するに、本件のような船舶の衝突による損害賠償責任については、船舶衝突ニ付テノ規定ノ統一ニ関スル条約が存在し、千鳥丸の船籍国たるわが国はこれに加入しているけれども(大正三年条約第一号)、韓宝号の船籍国たる大韓民国はこれに加入していないから、右条約を本件に適用することはできない(同条約第一二条)。また、法例一一条一項は、不法行為によつて生ずる債権の成立及び効力はその原因たる事実の発生した地の法律による旨規定し、不法行為地法主義を採つている。しかしながら、本件事故の発生地すなわち本件衝突地点及び韓宝号の沈没地点がいずれも公海に関する条約第一条にいう公海であることは明らかであつて、不法行為地法は存在しないから、右規定によることもできない。このような公海上における船籍を異にする船舶間の衝突の場合の不法行為責任の成立及びその効力(損害賠償の内容・範囲・方法等)については、責任の負担及び損害填補に関する衡平維持の観点から、加害船舶と被害船舶の双方の旗国法を重畳的に適用し、各旗国法が共に認める場合及び効力の限度において船主の責任を認めるべきものと解するのが相当である。

ところで、船主の責任については、海運業保護の目的からこれを一定の限度に制限することが各国の法制上広く認められている。しかしながら、この船主責任の制限は航海に関して生じた損害に基づく各種の債権を一括して一定の制限に服させることを目的とするもの、従つて特定の債権の効力とは別個の性質のものであるところ、右債権成立の準拠法は同一の航海に関して生じたものでも様々に分かれることが少なくないから、船主責任制限の準拠法を債権成立すなわち責任の発生原因の準拠法によらしめるときは、相異なる責任制限制度が競合して右の目的の達成が困難な場合が生ずる。さらに、委付主義、執行主義、金額主義等責任制限の態様が異なる責任制限法制相互間では、共通して認められる責任の範囲を定めることが不可能となる。これらの点を考慮すれば、船主責任制限の準拠法を責任の発生原因の準拠法によらしめるのは相当でない。これを加害船舶の旗国法によらしめるのも国際的衡平の観点から問題が残る。以上の点に、船主責任の制限は関係条約に加入するかどうかも含めて各国の政策的考慮によりその内容及び手続を定められていること、船主責任の訴求手続にせよその制限手続にせよ、関係条約の締約国間を除けば当該手続の結果が当然に他国において承認されるわけではなく、その申立人は当該法廷地国における権利の実現或いは責任制限の享受を第一の目的とするのが通常であることを考え合わせれば、船主責任制限の準拠法は法廷地法と解するのが相当である。

以上により、本件事故に係る千鳥丸の不法行為責任の成立及びその効力については、日本法及び韓国法を重畳的に適用し、その結果被控訴人の責任が認められる場合の責任の制限については専ら日本法を適用すべきである。

三  被控訴人の責任原因

1  本件事故に関する千鳥丸側の原因及びその他の事情については、原判決一五枚目表五行目の「第五五号証」を「第五〇号証、第一六六ないし第一六九号証の各一」と改め、同一〇行目の「であつた」の次に「にもかかわらず、千鳥丸は霧中信号を行つていなかつた。」を同裏四行目の「便所に行くため」の次に「代替の見張りを配置することなしに」を加えるほか、同表二行目から同裏一〇行目までの説示を引用する。更に、右事実によれば、濃霧の中で霧中信号を行うことなく千鳥丸を航行させた点で千鳥丸船長高橋正文にも過失が認められる。

2  船舶法三五条によれば、航海の用に供する船舶については、商行為を目的としない場合でも、商法第四編の規定が準用され、海上を航行する漁船もその例外ではないから(最高裁判所昭和四八年二月一六日民集二七巻一号一三二頁)、千鳥丸の所有者としての被控訴人の責任についても商法六九〇条が準用される。更に、韓国商法七四六条一号には右商法六九〇条と同旨の規定があり、千鳥丸が韓国商法七四〇条にいう船舶に該当することは明らかであるから、同法七四六条一号の規定(但し、後記の責任制限に関する部分を除く)の適用がある。また、韓国民法七五六条一項には日本民法七一五条一項と同旨の規定がある。そして、前記のとおり確定した請求の原因一1及び2の事実並びに右1の事実によれば、本件事故は被控訴人の被用者である千鳥丸の船長高橋正文及び船員畠山高至がその職務を行うにあたり過失によつて生じ、韓宝号の所有者たる控訴人に損害を加えたものであるから、被控訴人は日本法及び韓国法のいずれによつても控訴人の損害を賠償すべき責任がある。

四  控訴人が本件事故により請求の原因四のとおりの損害を被つたことは、被控訴人において明らかに争わないので、これを自白したものと看做す。

五  抗弁一(過失相殺)について

第三項1の認定に供した各証拠、前掲甲第一三六号証の一、その方式及び趣旨により韓国公証人作成の真正な公文書と推定しうる公証部分により成立の真正を認むべき甲第一ないし第三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二四〇号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件事故前後の韓宝号側の状況は、概ね請求の原因二1、3及び4のとおりであること、韓宝号のレーダーは本件事故の一週間前から故障して作動しない状態にあつたこと、本件事故当時韓宝号は霧中信号を行つておらず、かつ適切な見張りを怠つていたことを認めることができる。甲第一号証中韓宝号は霧中信号を行つていた旨の部分及び甲第二八号証中の本件事故当時韓宝号は操業船ではなかつた旨の部分はいずれも前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実に徴すれば、本件事故発生については、韓宝号の側にも、濃霧で視界が悪かつたにもかかわらず霧中信号を行わず、レーダーの作動しない状態で適切な見張りを怠つたまま操業していた点で過失があるというべきである。

しかして、本件事故発生の状況、韓宝号と千鳥丸の各過失の態様程度、控訴人の被つた損害の内容その他諸般の事情を総合考慮すれば、民法七二二条二項、韓国民法七六三条、三九六条により、過失相殺として本件事故により控訴人に生じた損害の二割を被控訴人の賠償すべき額から減ずるのが相当である。

六  韓国商法七四七条は、同法七四六条一号による船長、海員その他の船舶使用人の故意又は過失によつて第三者に加えた損害の賠償に関する船舶所有者の責任は、その船舶の積量の一トン当たり一万五〇〇〇ウォンの総額を超えることができない旨規定しているところ、被控訴人は右七四七条の規定は千鳥丸による本件事故に関する被控訴人の責任にも適用されるべきであると主張する。しかしながら、同条が航海に関して生じた損害に基づく各種の債権を一括して一定の制限に服させることを目的とする船主責任制限の規定であることは、同法七四六条一号から五号までの債務に係る船舶所有者の責任を一括して前記総額の限度に制限していることに徴して明らかであるところ、本件における被控訴人の船主責任の制限については専ら日本法が適用されること前記説示のとおりであるから、既にこの点で右主張は失当というべきである。

なお付言するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第一七五ないし第一七八、第一八二号証の各一、第一八六号証、第二五三、第二五六号証の各一、成立に争いのない甲第一七四号証の一、第二五〇、第二五一号証、その方式及び趣旨により韓国公証人作成の真正な公文書と推定しうる公証部分により成立の真正を認むべき甲第二五四、第二五五、第二五七、第二五八号証の各一に弁論の全趣旨を総合すれば、右韓国商法七四七条の責任制限規定は、船舶所有者の責任は航海に使用した船舶及びその属具、運賃、その船舶に関する損害賠償又は報酬の請求権その他船舶付属物の価額を限度とするとしていわゆる委付主義による責任制限を定めた同法七四六条(但し、前記説示の責任根拠部分を除く)とともに、運送契約上の債務不履行による損害賠償責任についてのみ適用され、当事者間にこれを不法行為責任にも適用するとする特段の合意がない限り不法行為による損害賠償責任には適用されないとするのが韓国大法院の確立した判例であることが認められる。そして、本件において、右特段の合意の主張立証はない。そうすると、被控訴人主張の責任制限規定は、不法行為の事案である本件にはこの意味においても適用の余地がないものである。

七  以上によれば、被控訴人が控訴人に賠償すべき額は、滅失損害が金二億九〇九四万四四六〇ウォン、支出損害が金一二七六万八〇〇〇ウォン、逸失操業利益が金二億〇五九〇万八四〇八ウォンとなる。

民法七二二条一項は原則として内国通貨による賠償を予定しており、控訴人も本訴請求において日本円による賠償を求めているから、右損害額を日本円に換算する必要がある。この場合の換算の基準日は事実審の口頭弁論終結の日と解するのが相当である。しかして、当審口頭弁論終結の日である平成六年一月二一日現在のウォンの対円換算率は一〇〇ウォンにつき一三・八三円であるから、被控訴人が賠償すべき額を円に換算すると、(1)滅失損害が金四〇二三万七六一八円、(2)支出損害が金一七六万五八一四円、(3)逸失操業利益が金二八四七万七一三二円で合計金七〇四八万〇五六四円となる。

更に、民法四一九条、四〇四条及び韓国民法三九七条、三七九条のいずれによつても遅延損害金の割合は年五分である。したがつて、被控訴人は、控訴人に対し、右賠償すべき損害額及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五七年九月三日以降完済まで右割合による遅延損害金を支払う義務がある。右(1)ないし(3)の各損害について控訴人が請求する遅延損害金の起算日はいずれも右同日以降の日である。

八  抗弁二(責任制限手続開始の申立)について

被控訴人が昭和五七年一〇月二七日仙台地方裁判所気仙沼支部に対して本件事故により発生した損害に基づく債務につき旧船主責任制限法一七条の責任制限手続開始の申立をし、この申立事件が現在同庁に係属し審理中であることは、当事者間に争いがない。

ところで、同法三三条後段は、同法の責任制限手続が開始されたときは、制限債権者は同法所定の供託によつて形成される基金以外の申立人又は受益債務者(以下「申立人等」という)の財産に対してその権利を行使することはできないと定めている。しかしながら、同法二六条によれば、責任制限手続は、その開始の決定の時から効力を生ずるのであり、右手続開始の申立があつても、その開始の決定がされるまでは未だ前者の責任制限の効力は発生せず、同法二三条による執行手続の中止命令が出される場合があることを別とすれば、債権者の権利行使は何ら妨げられないから、制限債権者といえども申立人等たる船舶所有者等に対しその債権につき無条件の給付判決を訴求することができるものと解すべきである。この場合、当該訴訟手続の口頭弁論終結後に右手続開始の決定がなされたときは、右申立人等は当該債権が前記三三条後段の制限を受けるべきことを主張して同法三五条の異議の訴による救済を求めることができるものである。

してみれば、前記のとおり被控訴人が責任制限手続開始の申立をしたに過ぎない段階にある本件では、再抗弁の当否すなわち控訴人の右債権が非制限債権にあたるか否かを判断するまでもなく、抗弁二の主張は失当というほかはない。

九  よつて、控訴人の請求は、被控訴人に対し、損害賠償金七〇四八万〇五六四円及び内金四〇二三万七六一八円に対する昭和五七年九月三日以降、内金一七六万五八一四円に対する同年九月二〇日以降、内金二八四七万七一三二円に対する昭和五八年三月三一日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右の内容に変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 信濃孝一 裁判官 小島 浩)

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